写真: QzDaddy / Wikimedia Commons CC BY-SA
Bill Spiller ・ ビル スピラー
「白人条項」撤廃に生涯を捧げた闘士
1913年、米オクラホマ州ティショミンゴ生まれ。29歳と遅くにゴルフを始めながら頭角を現し、1948年ロサンゼルス・オープンでは初日に68をマークしてベン・ホーガンと2位に並んだ。同年、テッド・ローズとともに予選を通過しながらリッチモンド・オープンから締め出されたことをきっかけに、プロゴルフの「白人条項」を問う初の訴訟を起こした。以後、数十年にわたり人種の壁と闘い続け、ジョー・ルイスやカリフォルニア州司法長官スタンレー・モスクらの後押しも得て、1961年11月の同条項撤廃へと道を開いた。生前にPGA会員資格を得ることは叶わなかったが、その闘いは後進に道を切り拓いた。1988年に死去。2009年にPGA・オブ・アメリカから死後の名誉会員資格が贈られた。