Jean van de Velde ・ ジャン バン デ ベルデ
カーヌスティの悲劇で記憶される男
1966年、仏モン=ド=マルサン生まれ。1987年にプロ転向し、1989年から欧州ツアーに参戦。1993年ローマ・マスターズでツアー初優勝を挙げた。世界ランキング152位で臨んだ1999年全英オープン(カーヌスティ)では、最終ホールを前に3打差の首位に立ち、あと1907年のアルノー・マシー以来となる仏国人の全英制覇に王手をかけた。しかし72番ホールで痛恨のトリプルボギー7を叩き、ポール・ローリー、ジャスティン・レナードとのプレーオフに持ち込まれ、そこで敗れて準優勝に終わった。この一部始終はドキュメンタリー『Go Down Swinging: The 1999 Open at Carnoustie』で本人の証言とともに検証されている。2012年にはユニセフ・フランスの親善大使に就任した。
攻撃的で伸びやかなショットメーカーだが、大舞台での重圧が明暗を分けた。