画像提供:鷹之台カンツリー倶楽部
千葉県千葉市花見川区横戸町、東関東自動車道・千葉北ICから約15分にある18ホールのクラブである。前身の鷹之台ゴルフ倶楽部は1932年に開場したが1945年3月に閉鎖され、1952年から井上誠一の設計で再建が進み、1954年5月23日に鷹之台カンツリー倶楽部として開場した。クラブはこの1954年を創設の年としている。ベントとコウライの2グリーンで、ベントグリーン使用時はチャンピオンティーから7,132ヤード・パー72。日本オープンゴルフ選手権を1958年・1961年・2000年・2011年の4回開催してきた。プレーは全組キャディ付きの歩き。定休日は毎週月曜日である。
料金は時期・プランで変動するため目安。最新は予約ポータルで要確認。
初代キャプテンの横田正成はこのコースを「良家の大廣間」と評した。公式が引く言葉で、クラブハウスからコースを望んだときの「美しくもおおらかな景観」を指している。戦後に井上誠一が設計したコースについて公式は、「全体が広々とした景観に恵まれ、コース自体にいたずらに小細工が施されていない」と書く。小細工をしない代わりに守っているのがグリーンで、1975年には全国で初めて全面サンドグリーン(カリフォルニア方式)を採用し、1997年にはUSGA方式で全面改修した際、「開場当時の設計理念に立ち返る」方針のもとで従来より数段難度の高いグリーンに作り直している。
公式が歴史のページでいちばん詳しく経緯を書いているホールである。2002年、隣接する県立柏井高等学校との土地交換と一部の土地取得によって、懸案だった4番ホールの改良工事が実現した。内容は次のとおり。コウライグリーンとベントグリーンの位置を入れ替え、旧コウライグリーン手前にあった谷を新しいベントグリーンの前まで伸ばし、その手前に深いバンカーを配置。そのうえで距離を25ヤード延長した。この1ホールの改造で、コース全体のヤーデージは7,102ヤードになった。
現在はチャンピオンティー538ヤードのパー5。グリーンの前に谷とバンカーが直列で並ぶ形になっており、3打目を「谷を越えてバンカーを越えて」止めることになる。2004年の開場50周年記念事業の一つにも位置づけられたホールで、クラブが自分たちの手で難しくした場所である。
1961年、この倶楽部で開かれた第26回日本オープンは、日本ゴルフ協会の歴史に「薄暮の日本オープン」として刻まれている。11月8日から3日間の熱戦の末、細石憲二・小野光一・謝永郁・勝俣功・陳清波の5人が同スコアで並び、プレーオフに入ったのは秋の陽が西に沈んだ後だった。使われたエキストラホールが1番・7番・8番で、コースに自動車を集めてヘッドライトで照らし、グリーン上では係員の懐中電灯を頼りにパッティングをしたという。制したのは細石憲二。日本オープンを4回開いてきたコースのなかでも、この3ホールにだけ残っている出来事である。
ベントグリーン使用時のチャンピオンティーで7,132ヤード・パー72。ロングホールは4番538ヤード、6番590ヤード、14番606ヤード、18番528ヤードの4つで、6番と14番は600ヤード級である。ミドルホールも10番447ヤード、1番427ヤード、5番416ヤードと長い。パー3も7番205ヤード、15番233ヤードと距離があり、短いのは13番の171ヤードくらいである。ハンディキャップ1位は416ヤードの5番、2位は606ヤードの14番。
ベントとコウライの2グリーンで、コウライ使用時のほうが総じて短い(1番はベント427ヤードに対しコウライ419ヤード、2番は399ヤードに対し383ヤード)。使用グリーンは倶楽部が期間ごとに定めており、公式サイトのお知らせでその期間のグリーン使用予定が告知されている。
1975年に全国で初めて全面サンドグリーン(カリフォルニア方式)を採用し、1997年にUSGA方式で全面改修した際には、開場当時の設計理念に立ち返って従来より数段難度を上げている。2011年の日本オープンについて公式は「長く伸びたラフと狭いフェアウェー、見事に整備されたグリーン」が国内最高の戦いにふさわしい環境になったと記している。1995年の関東オープンに出場した安田春雄は、鷹之台について「ただ飛距離だけを出せばいいだけと思われるコースがあり、若い人達の間では、それがゴルフコースだとの概念が定着してしまっています。そういう人達には“打球場”ではない真のコースがどういうものか、この鷹之台が教えてくれた感じがします」と語ったと公式が伝えている。
戦後の再建にあたり、1952年10月に当時の第一人者とされた井上誠一がコース設計者に指名された。戦前の鷹之台ゴルフ倶楽部(1932年開場)は発起人の一人である清木一男の設計で、1935年には赤星六郎の改造により全長6,765ヤード・パー74のチャンピオンコースになっていたが、戦後のコースは「戦前のコースと比較するとまったく趣を変えた」と公式が記すとおり別のコースとして生まれ変わった。
| 所在地 | 〒262-0001 千葉県千葉市花見川区横戸町1501番地 |
|---|---|
| ホール数 | 18ホール・PAR 72・7,132ヤード |
| グリーン | ベント・コウライの2グリーン |
| コースタイプ | 林間 |
| 設計 | 井上誠一 |
| 開場 | 1954-05-23 |
| 種別 | 社団法人会員制 |
|---|---|
| 相場 | 売り希望 21,000,000円 /買い希望 16,000,000円 (2026-09時点・日本ゴルフ同友会) |
| 流動性 | 売買スプレッド 27.0%・ふつう |
| 名義書換料 | 4,400,000円 |
| 年会費 | 198,000円 |
| 初期取得費用の概算 | 約26,302,000円 |
| 電車 | 京成大和田駅 |
|---|---|
| クラブバス | なし。 |
| 練習場 | あり・20打席 あり 打席数:20打席 アプローチ練習場なし バンカー練習場なし ドライバー使用不可 |
|---|---|
| キャディ | 全組キャディ付き。歩いてのラウンド。1組4人が原則だが、状況によりスリーサムも可。 |
| 風呂 | なし |
| 宿泊 | あり(あり 朝食なし 昼食なし 夕食なし 温泉なし カラオケなし 麻雀なし) |
| レストラン | なし |
| ドレスコード | クラブハウス内: ゴルフ場規定に準ずる ラウンド中: ゴルフ場規定に準ずる |
| 定休日 | 毎週月曜日 12月31日 1月1日 |
| 電話 | 047-484-3151 |
全組キャディ付きの歩きプレーです。1組4人が原則ですが、状況によりスリーサムも可能です。
ベントとコウライの2グリーンです。使用グリーンによって距離が変わり、コウライ使用時のほうが総じて短くなります。使用グリーンの予定は公式サイトのお知らせで期間ごとに告知しています。
京成本線・京成大和田駅から徒歩約7分です(特急は通過します)。京成上野駅からは快速で約60分。八千代台駅東口、勝田台駅北口、東葉高速鉄道・東葉勝田台駅からはいずれもタクシーで約10分です。クラブバスの運行はありません。
日本オープンゴルフ選手権を1958年・1961年・2000年・2011年の4回開催しています。1961年は日没後のプレーオフを自動車のヘッドライトで照らして行い、「薄暮の日本オープン」として日本ゴルフ協会の歴史に残りました。関東学生ゴルフ選手権は1963年の第12回大会以降、指定開催コースになっています。
毎週月曜日(祝日と重なる場合は翌日)と、12月31日・1月1日が休みです。
最終確認日:2026-09-08