Hisako Higuchi ・ ヒグチ ヒサコ
国内69勝・賞金女王11回、日本人初の世界ゴルフ殿堂入り。
樋口久子 ― 日本人女子初のメジャー覇者にして、日本女子ゴルフ界を育てた「母」 物語・名場面・人物像を読む →1945年埼玉県川越市生まれ。1967年に第1回JLPGAプロテストへ合格した1期生として日本女子プロゴルフ界の草創期をけん引した。国内ツアー通算69勝はJLPGA歴代最多で、賞金女王には1968〜76年の9年連続を含め通算11回輝いた。1970年から米女子ツアーにも挑戦し、1976年のコルゲート欧州女子オープンで日本選手初の米女子ツアー制覇を達成。翌1977年6月12日には全米女子プロ選手権を制し、アジア出身者として男女を通じ初のメジャーチャンピオンとなった。これはレギュラーツアーの海外メジャーで今なお唯一の日本人優勝である。1997年には日本女子プロゴルフ協会会長に就任し、14年間にわたって女子ツアーの発展に尽力。2003年には生涯業績部門で日本人初の世界ゴルフ殿堂入りを果たした。「日本女子ゴルフの母」と称される存在である。
草創期の日本女子ツアーで群を抜く勝負強さを誇り、国内69勝・賞金女王11回という他を圧する記録を残した。海外メジャーの全米女子プロを制した実績が示すように、世界の強豪と渡り合えるショット力と精神力を兼ね備えた選手だった。引退後はJLPGA会長として競技運営・選手育成・ツアー拡大に尽力し、プレーヤーとしてだけでなく指導者・組織人としても日本女子ゴルフの基盤を築いた。なお当時の日本女子ツアーはストロークス・ゲインド等の詳細指標を公開していないため、ショット内訳の数値分解はできない。