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画像提供:楽天GORA
栃木県日光市所野、大谷川の河床に広がる18ホール。1955年に開場し、設計は井上誠一。バックティーで7,236ヤード、コースレート74.8・スロープレーティング129という数字を持つ、日本を代表する林間コースのひとつである。グリーンはベントのワングリーン、総面積は約79万平方メートル。2003年の第68回日本オープン、2021年の第88回日本プロゴルフ選手権に続き、2025年10月には第90回日本オープンゴルフ選手権が開かれた(優勝・片岡尚之)。樹齢を重ねた赤松と柳に囲まれ、日光連山を借景とする佇まいは、クラブ自身が「ゴルフの聖域」と呼ぶ。東武日光駅から倶楽部バスで7〜8分。
料金は時期・プランで変動するため目安。最新は予約ポータルで要確認。
日光カンツリー倶楽部が生まれたきっかけは、1952年(昭和27年)夏に金谷ホテルで行われた、郷土出身で中央財界の重鎮・加藤武男と栃木県知事・小平重吉のいわゆる「日光会談」だった。前年秋の候補地調査を経て建設地に決まったのは、当初想定していた山岳地帯から一転しての平坦地——ただし大谷河原の、転石累々たる「石ころ地獄の荒蕪地」である。1954年に各ホールの造成が始まり、モデルホールとしてまず6番が試験施工された。1955年4月3日にアウト9ホールで仮開場、5月22日にインが開場して18ホールが揃った。
コースを設計したのは井上誠一(1908〜1981)。1930年に来日した英国の設計家チャールズ・ヒュー・アリソンとの出会いをきっかけに設計家の道を志し、生涯で国内44コース・海外2コースを手がけた人である。大洗ゴルフ倶楽部(1953)、愛知カンツリー倶楽部(1954)から龍ヶ崎カントリー倶楽部、札幌ゴルフ倶楽部・輪厚(ともに1958)へと続く全盛期の真っ只中、1955年にこのコースを設計した。
クラブが挙げる土地の特異性は2つある。優美な赤松が連なる地勢が、平らかなだけではなくスコットランドのリンクスを思わせる絶妙な陰影を持っていたこと。そして、人間の感覚では上り下りを認知できない「2%勾配」という性格を持っていたこと。井上はここに「50年後100年後を思い描いて」線を引いた。
1954年作成の造成図面には等高線上にグリーン、バンカー、フェアウェイライン、樹木の配置が緻密に描かれ、井上の署名(S.INOUE)が残る。この図面は、井上の助手でその設計思想の一番の承継者といわれた宮澤長平の遺品として、2005年に全18ホール分が倶楽部へ寄贈された。
日光カンツリー倶楽部には名木が数多くあるが、なかでも知られていたのが7番ホール左サイドのクロスバンカー横に立っていた樅の大木である。通称「クリスマスツリー」。ゴルフ場ができるより前から日光の名物として親しまれていた樹で、2000年8月9日に落雷を受け、惜しまれながらその生涯を閉じた。現在は替りの樅の木が移植され、成長を続けている。
ホールの難易度でも、景観の派手さでもない。コースより先にそこにあった1本の木が、ホールの目印であり、クラブの記憶であり続けたという話である。設計者の井上誠一が「フェアウエーバンカーが少なくても、松の枝がきっと、日光ならではのハザードとなる」と言い残したコースにおいて、木が主役であることを最もよく示すホールでもある。ドラコン推奨ホールにも指定されている。
1番ホールの横にも柳の大木があった。1990年春の台風並みの強風で倒れ、このときコース内では松や柳など280本が倒れている。クラブが「樹齢80年の天然の赤松と柳に囲まれた林間コース」と自己紹介するとおり、ここでは木の一本一本に来歴がある。日光連山を借景にした佇まいは、クラブの言葉を借りれば「自然と、設計者と、そして幸運が一体となって生まれた日本人の感性に合った美しいコース」である。
このコースを難しくしているものを、クラブ自身が明確に言語化している。大谷川の河床という土地は、平らなだけではなくスコットランドのリンクスを思わせる絶妙な陰影を持ち、かつ人間の感覚では上り下りの傾斜を認知できない「2%勾配」という特異な性格を持っている、というのである。井上誠一はそこに手を加えることで、プレーヤーの戦略眼を水平方向にも垂直方向にも惑わすコースを作った。目で見て平らだと思った場所が平らではない、という前提で距離を測るのがこのコースの入口になる。
もうひとつはフェアウェイのアンジュレーションである。クラブは「日光カンツリー倶楽部のコースの特徴はフェアウエーのアンジュレーションにあります」と書き、その由来まで説明する。大谷川の河床という土地に手作業でコースを作り、春夏秋冬の風雪、地下水の流れ、日照が地形に変化を与えて、独特のフェアウェイが生まれた——つまり設計図だけでできた形ではないということである。
数字も相応に厳しい。バック7,236ヤード(コースレート74.8/スロープ129)、レギュラーでも6,667ヤード(同72.0/125)。4番の580ヤード、13番の547ヤード、9番の513ヤード、10番の518ヤードとパー5が長く、3番200ヤード・12番235ヤード・16番225ヤードとパー3も長い。
そしてハザードは主に木である。 井上誠一は開場当時、「この松が育つ頃には、このコースは日本でも屈指のコースになるよ。期待してくれ。フェアウエーバンカーが少なくても、松の枝がきっと、日光ならではのハザードとなるからね」という言葉を残した。フェアウェイバンカーの少なさは設計の手抜きではなく、70年後を見越した配置である。
| 所在地 | 〒321-1421 栃木県日光市所野2833 |
|---|---|
| ホール数 | 18ホール・PAR 72・7,236ヤード |
| グリーン | ベント1グリーン |
| コースタイプ | 林間 |
| 設計 | 井上誠一 |
| 開場 | 1955-04-03 |
| 面積 | 790,000㎡ |
| ドラコン推奨 | No.7、No.13 |
| ニアピン推奨 | No.3、No.16 |
| 種別 | 社団法人会員制 |
|---|---|
| 相場 | 売り希望 5,200,000円 /買い希望 4,200,000円 (2026-09時点・日本ゴルフ同友会) |
| 流動性 | 売買スプレッド 21.3%・ふつう |
| 名義書換料 | 2,200,000円 |
| 年会費 | 99,000円 |
| 初期取得費用の概算 | 約7,734,400円 |
| 車 | 日光宇都宮道路今市 から約 6km |
|---|---|
| 電車 | 日光駅 |
| クラブバス | あり 東武日光駅から9時19分着の電車に接続。 |
| 練習場 | あり・15打席 あり 打席数:15打席 アプローチ練習場なし バンカー練習場なし ドライバー使用不可 |
|---|---|
| キャディ | 全組キャディ付き。歩いてのラウンド。1組4人が原則だが、状況によりツーサムも可。 |
| 風呂 | なし |
| 宿泊 | あり(あり 朝食なし 昼食なし 夕食なし 温泉なし カラオケなし 麻雀なし) |
| レストラン | なし |
| ドレスコード | クラブハウス内: ゴルフ場規定に準ずる ラウンド中: ゴルフ場規定に準ずる |
| 定休日 | 毎週火曜日 12月31日 1月1日 |
| 電話 | 0288-54-2128 |
平日はメンバーのご紹介、土日祝日はメンバー同伴が必要です。ご予約の受付時間は9時から17時まで(毎週火曜日定休)で、会員からのスタート受付は3か月前の同日午前9時からとなります。
2025年10月に第90回日本オープンゴルフ選手権(優勝・片岡尚之選手)を開催しました。ほかに2003年の第68回日本オープン(優勝・深堀圭一郎選手)、2021年の第88回日本プロゴルフ選手権(優勝・キム ソンヒョン選手)、1996年の第81回日本アマチュア選手権(優勝・星野英正選手)、1965年の第2回アジア・アマチュア選手権などの実績がございます。
井上誠一(1908〜1981)の設計です。大洗ゴルフ倶楽部や愛知カンツリー倶楽部を手がけた全盛期にあたる1955年の設計で、1954年作成の造成図面が当倶楽部に保管されています。
東武日光線の東武日光駅が最寄りで、倶楽部バスまたはタクシーで7〜8分です。倶楽部バスは東武日光駅とJR日光駅から運行しております(要予約)。浅草発7時30分の「きぬ105号」には接続の倶楽部バスが常時運行しています。
250ヤード20打席(右打ち16打席、左打ち1打席、アイアン専用3打席)の練習場がございます。アプローチ練習場とバンカー練習場もご利用いただけます。なお練習グリーン付近でのアプローチ練習は固くお断りしております。
ロッヂをご用意しております。ご利用は倶楽部へお申し込みください。利用期間は3月1日から12月29日まで、および1月2日から1月の月例杯前日までです。
ご来場の際はブレザーまたは替え上着をご着用ください(6月1日〜9月30日を除く)。通年、ショートパンツでのご来場はお断りしております。プレー時と倶楽部内では折り返しのある襟付きシャツを、裾をスラックスやスカートに入れてご着用ください(6月1日〜9月30日はプレー時に限り裾出し可)。
バックティーでコースレート74.8・スロープレーティング129、レギュラーティーで72.0・125です。総距離はバック7,236ヤード、レギュラー6,667ヤード、パー72です。
最終確認日:2026-09-05