ゴルフ場に向かう道は永遠に感じるのに、帰りはあっという間
気のせい ゴルフとは関係ない。往復で同じ道を通れば誰にでも起きる、復路効果という名前の付いた錯覚
朝5時に家を出て、まだ暗い高速をひたすら走る。ナビの到着予定時刻が、いっこうに近づいてこない。それが帰りは、気づいたら自宅の駐車場です。 これ、ゴルフのせいではありません。そして、笑って済ませられるのは家に着くまでの話です。
このシリーズで初めて、はっきり「気のせいです」と書きます。
行きが長くて帰りが短いのは、ゴルフ場が山奥にあるからでも、朝が早いからでもありません。同じ道を往復すれば、買い物でも出張でも帰省でも同じことが起きます。心理学では復路効果と呼ばれていて、名前が付くくらいには昔から知られた現象です。しかも移動手段を選びません。車でも、自転車でも、歩きでも同じように起きます。
ただ「気のせい」の意味には、少し気をつけてください。時計の進み方が変わるわけではないので錯覚です。でも、感じ方のほうは本当に、しかもほぼ全員に起きます。「自分が単純なだけ」でも「その日たまたま」でもありません。
そして、この錯覚が無害でなくなる場面がひとつだけあります。ゴルフの帰りの運転席です。
往復で時間を測ってもらうと、差はちゃんと出ます。
自転車で片道9kmほどを往復してもらった実験でも、同じ道を撮った映像を見てもらった実験でも、帰りは2割前後短く感じられました。距離も、実際にかかった時間も、行きとまったく同じです。映像を使った実験では、参加者が全員そろって「2回目のほうが短かった」と答えています。
2割と言われるとたいした差ではなさそうですが、90分の道のりなら20分ぶんです。行きの車内で「まだ着かないのか」と思っていた時間が、帰りには丸ごと記憶から抜け落ちている。心当たりがあるはずです。
つまり「行きは永遠だった」という感想は、半分だけ正しい。永遠だったのではなく、帰りが縮んだのです。
よく言われるのは「行きは知らない道だから長く、帰りは知っている道だから短い」。これは違います。
確かめた実験があります。帰りだけ、行きとは別の道を通ってもらう。距離も所要時間もそろえてあります。慣れが理由なら、初めて通る帰り道では効果が消えるはずでした。消えませんでした。行きと同じ道で帰った人と、まったく同じだけ短く感じています。
代わりに効いていたのは、期待とのズレでした。行きに「思ったより長いな」と感じた人ほど、帰りを短く感じています。行きで裏切られたぶん、帰りは長めに身構える。身構えたより早く着くから、短く感じる。
決め手はここです。出発前に「この道はけっこう長いですよ」と伝えておくと、効果はきれいに消えました。道は同じままで、です。
走っている最中の人に聞くと、帰りは短くありません。
移動しながら「3分たったと思ったら合図してください」とやってもらう実験があります。この3分の長さは、行きも帰りもほとんど変わりませんでした。ところが着いたあとで「どちらが長かったですか」と聞くと、そろって帰りだと答えます。
つまり復路効果は、進み方が変わる現象ではありません。終わってから思い出すときに縮む現象です。渋滞にはまっていた15分も、家に着いてから振り返ると、なかったことになっています。
ここがいちばん厄介なところです。運転席に座っている最中の自分は、短さを感じていません。短く感じるのは、無事に帰り着いたあとの自分だけ。走っている本人には、この錯覚が起きていることが分からないのです。
錯覚そのものは、買い物帰りでもゴルフ帰りでも同じです。違うのは、運転席に座っている体のほうです。
朝4時や5時に起きています。前の晩は早めに寝たつもりでも、遠足の前の日と同じで、たいてい足りていません。そこから半日、屋外にいます。18ホール歩けばそれなりの距離ですし、乗用カートでも日射と風は同じだけ浴びています。夏なら汗、冬なら冷えで、体力は着実に削られる。昼食も挟みます。そして帰り道は、行きより2時間も3時間も遅い時刻に走ることになります。
行きは、これから始まることを考えながら走っていました。帰りは、終わったことを思い返しながら走ります。頭の中身まで入れ替わっているわけです。
行きの運転席に座っていた人と、帰りの運転席に座っている人は、同じ人ではありません。短くなっているのは記憶だけで、体には半日ぶんの疲れがそのまま乗っています。
短く感じるということは、途中で停まる理由が思いつかないということです。
「もうすぐ着く」と思っている人は、サービスエリアに入りません。実際には、行きとまったく同じ距離が残っています。しかも眠気の自覚はあてになりません。睡眠不足が続くと、かえって眠気を自覚しにくくなることが分かっています。居眠りによる事故は、ほかの原因の事故より死亡事故につながりやすい。前夜の睡眠が6時間を切っていた運転者では、追突や自損が増えるという報告もあります。
道路交通法にも、疲れて正常な運転ができないおそれがある状態で運転してはならない、とはっきり書かれています。
やることは3つだけです。帰りこそ一度停まる。眠いと思ったら我慢せずに仮眠をとる。代わってもらえる人がいるなら代わってもらう。
そして、飲んでいたら論外です。上がりの一杯も、風呂上がりの一本も同じ。少量でも判断力は落ちますし、飲酒運転の死亡事故率は飲酒なしの約6.9倍です。帰り道が一瞬に感じるのは錯覚ですが、事故のほうは錯覚ではありません。
行きに「思ったより長かった」と感じたぶん、帰りを長めに身構えるからです。身構えたより早く着くので、短く感じます。道に慣れたからではありません。帰りだけ別の道を通っても、同じように短く感じます。
できます。出発前に、所要時間を多めに見積もっておくだけです。実験でも、あらかじめ「長いですよ」と伝えられた人は行きを長く感じませんでした。ナビの到着予定に30分足しておく、くらいで十分です。ついでに帰りの一瞬感も薄れますが、そちらは薄れたほうが安全です。
いちばん効くのは前の晩に寝ることで、当日にできることは多くありません。あとは、上がってすぐ車に乗らないこと。着替えて、何か口に入れて、少し座ってから出発するだけでも違います。眠気が来てから対処するより、来る前に一度停まるほうが確実です。
帰りは短く「感じる」だけで、距離は行きと同じです。だから休憩を、感覚ではなく距離か時刻で先に決めておいてください。出発前に停まる場所をひとつ決めておくのがいちばん簡単です。眠いと思ったら、そこまで我慢せずに停まってください。飲んでいたら運転しない、はここでは言うまでもありません。
最終更新: 2026-08-30